この夏、一番大きな我が家の変化でした。
大阪の実家に帰っていた時、
長女がお風呂の中でパニックを起こしたんです。
でも、その少し前から変化はありました。
原因は今でも何だったのか、
全然分からないんですけど・・・・・・。
本人も辛かったと思いますが、
今はほぼ大丈夫になってきたので安心しました。
夏以降は私自身の精神状態がいっぱいいっぱいで
先の見えない不安の中でこのことをブログに書く事は出来なかったんですが、
ようやく落ち着いてきたので書こうと決めました。
これも長い人生の中の1ページだと思えるようになったので・・・。
8月の初旬。
家族で焼肉を食べていた時のことです。
美味しそうに、
いつものようにサンチュに肉を包んで
調子良く食べていた長女の動きが急に止まりました。
結構食べた後だったのでお腹がいっぱいになったのかなと思いながら
「どうしたん?」
と聞くと、
「のどがおかしい」
と答えました。
でも、明らかに喉に何かが引っかかっただけとか
そういった感じには見えませんでした。
何かを吐き出したいように見えたので
「トイレに行こう」
とトイレに連れて行きました。
長女はトイレで吐こうとしていましたが、
何も出てきませんでした。
そして席に戻ったんですが、
またトイレに行くと言うのでついて行きました。
吐こうとしても、また何も出てきませんでした。
でも何かが気持ち悪いのか、
どうして良いのか分からない状態になったのか
「ギャーーッ!!」
と叫び出しました。
そして
「死にたくない!!」
と泣きながら連呼しだしたのです。
その時は私自身、
何がどうなったのか分からなくなってしばらく呆然となってしまいました。
今考えると、これが初めてのパニックだったのかなと思います。
でもこの時は、
サンチュを食べている時に葉っぱの小さい欠片でも喉にくっついて
気持ちが悪いからこうなったんじゃないかと思っていました。
普段から怖がりで何事にもオーバーになる長女なので・・・・・・。
しばらくトイレにいましたが、
少し落ち着いてきたので会計を済まし、家へ向かいました。
それにしても尋常じゃない叫びだったので、
家に帰る車中で段々不安になってきました。
「病院に行った方が良いんちゃう?」
と旦那に相談しました。
すると旦那は
「病院に行ったら葉っぱちゃんと取ってくれるん?」
と答えました。
「そんなん、私医者じゃないから分からんわ。
でもさっきのトイレでの様子を見てたら、診てもらった方が良いと思って」
でもそこまでする必要は無いんちゃう、といった感じでした。
「あんたはトイレでの様子を見てないからそんな事言えんねん。
それに、ホンマに葉っぱやって言い切れるん?」
「俺も医者じゃないから分からん」
「自分も聞かれて答えられへんねんやったら
人に同じような事聞きなや!!」
と、言い合いをしていましたが、
やっぱり気になったのでそのまま時間外診察に行きました。
診察して貰う時には、すっかり元通りになっていたので
先生には事情を説明しましたが
喉も腫れていないし
特に治療を必要とするところは見当たらない、と言われました。
なので薬を貰う事も無く、自宅に帰りました。
翌日。
朝、昼は普通に食べていましたし
様子も特に変わりは無かったんですが
夕飯になると全然食べられなくなりました。
昨日に起こった事が夜だったので、
それに対する不安があったんだと思います。
殆ど食べられないまま夕飯を終えた・・・だけなら良かったんですが、
昨日と同じでトイレに行ったり来たりを繰り返して
「死にたくない」
と言っていました。
そんな中、落ち着いて食事が出来ないのに苛立ったのか、
旦那は長女に向かって
「そんなんだったら死んでくれ」
と言いました。
私、今でもこの言葉を言った事が許せません。
どれだけ長女の心に傷をつけたか知れません。
怪我の傷は治ったのが見て分かりますが、
心の傷は見ることが出来ないんです。
こんな辛い言葉が、
一生長女の心のどこかで疼いているのかと思うと・・・・・・、
本当に辛くて仕方ありません。
旦那には当然、切れました。
子供達が寝たのを確認してからですが。
「死んでくれ、なんてもう絶対言わんといてよ」
「だって、死にたくないばっかり言ってるからさぁ・・・」
「だからって言って良い言葉じゃないやろ!!
○○(長女)が友達にそんなこと言ったらメチャクチャ怒るやろうが!!
子供が言って怒る事を大人が言って良い、なんて無いやろ!!
もう二度と言わんといて!!」
その次の日。
咽頭科に行って診て貰ったら、少しだけ喉が赤いと診断されました。
喉が赤くなってるという事で長女は少し安心したようでしたが、
その日から少し食べる量が減りました。
その週の土曜日にはバレエの発表会があって、
私の両親が来てくれたのですが
食事の量が少ない事と
薬(粉)をなかなか飲めない・・・、
ただ飲めないだけじゃなくて
泣き過ぎて嗚咽(おえつ)のようになっている事に不安を感じていました。
でも食べる時以外は元気だったので、
バレエの発表会が元気に迎えられるように支えてくれました。
発表会は何とか無事に済み、翌日に大阪へ向かいました。
父が車で来てくれたので、それに乗って。
そして大阪で2日ほど過ごしてから、姉のいる徳島へ。
徳島へはここ何年か連続で阿波踊りを堪能しに行っています。
子供達は三人のイトコに会えるので大喜び。
イトコと楽しい時間を過ごす内に、
しっかり食べて元の元気な長女に戻れば・・・と思っていました。
・・・でも、やっぱり食欲は戻りませんでした。
父が徳島のかんぽの宿へ連れて行ってくれ、
皆で一泊した時も豪華な食事を前に少し食べただけで終わりでした。
それでも阿波踊りに行く際の帯が苦しいと気にしていたのと
食事以外の時はほぼ元気だったので、
まだ深刻には考えていませんでした。
楽しい徳島での生活を終え、大阪に帰りました。
もう夏休みも残りわずか。
そんな時でした。
いつものように私、長女、次女がお風呂に入っていると、
長女が
「喉が渇いたからお水を飲んでくる」
と言って風呂場を出ました。
飲んで来たので中へ入るよう、ドアを開けたら中へ入ろうとしません。
まだリンスを流していない状態だったので、
私の母が腕を引っ張って中へ入れました。
そして私がドアを閉めたら、
いきなり出ようとしてドアノブを回しました。
「リンス流さなあかんやろ」
とドアから出ないように鍵を閉めたとたん、
長女が窓に飛びつきました。
そして窓の鍵を開けて窓も開けました。
実家の風呂場の窓の外には、格子があります。
見たらすぐに人間が出れる大きさは無いと分かるのに、
長女は
「死にたくない~っ!!」
と叫びながら、必死で格子を外そうとしていました。
長女は腕を真っ黒にしながら、
格子を外そうともがき、叫び続けました。
私が声を掛けてもおしりを叩いても聞こえていない感じで、
無我夢中で窓にしがみついていました。
トイレでのパニックがあった時と同様、
最初はビックリしてただただ呆然としていました。
でも、私がいくら声を掛けても反応しない長女を見て怖くなるのと同時に
どうして良いのか分からなくなり、泣きながら叫びました。
「お願いやからそこから降りてっ!!」
窓にしがみついていた長女は、
何回目かの私の叫び声に気付いて
ようやく降りてきました。
そしてリンスを流し、すぐに外へ出すと
すっかり元の長女に戻っていました。
「中の空気が気持ち悪かった」
と話す長女でしたが、
これは喉がどうこういった話ではないと思い、翌日小児科へ行きました。
小児科の先生に診て貰いましたが、
やはり体は何とも無いという事で、断定は出来ないけれども
パニック障害のような事が起こったと考えて下さいと言われました。
ただ、今後何度も起きるようであれば治療を必要とするかもしれないが、
今の段階では様子を見ていくのが一番だという事でした。
原因は人それぞれ様々だし、
子供は何が原因か、ストレスになっているかというのを自分で分かりにくい為
原因の特定は難しいとの事でした。
ただ、お風呂場でパニックになって以降、
狭い場所が特に駄目になりました。
病院でもエレベーターを怖がったので、階段で上がりました。
この日から
元の元気な長女に一日でも早く戻れるよう、
試行錯誤を繰り返す日々が続きました。
かなり長い記事になりましたが、
また続きを書きたいと思っています。
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