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阪神淡路大震災から今日で12年

12年前の地震発生時刻、
専門学校に通っていた私は国家試験の直前で毎日早朝から学校に出かけていたので、
昼食用のおにぎりを作ろうと炊飯ジャーのフタを開けたところでした。


開けた瞬間、壁にかけてあったフライ返しなどが揺れたので
「フタが当たったかな」 と思ったその時、もの凄く大きく揺れ始めました。


台所には食器棚など、倒れてきたら危ない物が沢山あるのでリビングに走り、
タンスが周りに無いなるべく安全な場所を選んで座りました。


実家で当時飼ってた犬が走り回っていたので捕まえて、
地震が収まるのをジッと待ちましたが・・・、
その揺れは今まで経験した事の無い大きさで、
とても時間が長く感じたのを覚えています。


かなりの大きい揺れだったにもかかわらず、
幸い物が少し落ちた位で済み、父母にも怪我はありませんでした。





その日の学校は当然休みで、
テレビが映し出す映像に言葉に出来ない衝撃を受けました。

倒れた阪神高速、つぶれた家、あちこちで上がる火の手・・・。
一瞬にして沢山の、かけがえのない命が奪われました。
自然の力の前での人間の無力さを、まざまざと見せつけられた気がしました。

自然に抗うことは出来ない・・・、けれど奪われた命を思うと、
ぶつけようの無い焦燥感にかられ、泣くことしか出来ませんでした。

そして救われた命の報道に、心から喜びました。





地震からずい分たってから放送された追悼番組で、あるご家族が紹介されました。

そのご家族のお家は全壊し、みな壊れた家の下敷きになってしまい、
お母さんとお子さんたちは何とか脱出することが出来ましたが、
お父さんだけは複雑に重なり合った瓦礫の中から出ることが出来ませんでした。

お母さんは必死になって助け出そうとしましたが、
家の近くで火の手が上がり、すぐそこまできてしまった時、
お父さんはお母さんに向かって

「俺のことはいいから、お前は子供らを連れて逃げろ」

と言いましたが、お母さんはどうしてもその場から離れられずにいました。
するとお父さんは

「何してるんや、早よ行け!!お前らは生きるんや!!一緒に死なんでいい!!」

と怒鳴り、お母さんは泣きながら子供たちを連れて火の手から逃れました。



・・・後日、信じたくない気持ちで焼け跡を掘り起こすと、
そこからはお父さんの遺骨が見つかりました・・・。



お母さんは子供たちを立派に育てることで、お父さんへの恩返しにしたいと仰ってました。

助けてあげることが出来なかった事や最後まで傍にいてあげられなかったすまなさ、
自分を犠牲にして家族を救ってくれた感謝の気持ち・・・、
そして志半ばで人生を終わらせなくてはならなかった無念を思うと、
主人に恥ずかしくない生き方をしていかなくてはならない、と・・・。


このお話を見た時、私はただただ泣いていました。
このご家族のように大切な家族が無念の死を遂げた方は、
数え切れないほどいらっしゃいます。


かけがえのない、たった一つしかない命と人生だからこそ、
悔いが残らないように全力で生きていきたい。

毎年この日が来ると、心からそう思います。

そして地震で亡くなられた方々の、ご冥福をお祈りしています。

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コメント

こんばんわ、トマトさん。
早いですね、12年。
ほんと、自然に抗えないことを
教えてくれたと
あの時のことを教訓にしないと
いけないとは思うのですが
毎日におわれて・・いつも
そうだそうだと

石川はあまり、災害のないとこなのですが
56の豪雪でしょうか?
自然には、勝てないということを
思いしらされます

冥福祈るばかりです。

投稿: ゆきだるま | 2007年1月17日 (水) 21時12分

こんばんは、ゆきだるまさん(^^♪
本当に時が経つのって早いなぁと思います。
もう12年にもなるなんて・・・。
当時はまさか12年後に、新潟に来てるとは思いもしませんでしたが(^_^;)

豪雪での被害は、やっぱり新潟でもずい分前にあったみたいです。
自然の中にいる人間の力って、本当に微々たるものだと思いますが、それを乗り越えて行けるのもまた人間だと思っています。
日本はどこで地震が起きても不思議じゃありませんが、皆が悲しむような場所では起きませんように・・・と願わずにはいられません(>_<)

投稿: トマト | 2007年1月17日 (水) 21時28分

トマトさん、今晩は~☆

温かいコメントをありがとうございます♪
過分なお言葉に顔が真っ赤になりました(笑)
いつも感謝しています。

こちらの記事。
もう言葉も出ません・・・、
何と云ってよいのか、辛すぎる過酷さです。
人の叡智(英知)でも抗えない自然の驚異、
亡くなられた方々、
愛する人を亡くした方々、
苦しみ哀しみは、時がどれだけ流れても、
忘れよう忘れようと努力しても、
忘れられるものではありませんネ。

人は何度となく自然の猛威に打ちのめされても、
ビルの林を立てていくのですネ。
それは勇気と呼べるのかどうか・・・
復興と云う言葉の意味すら、私には分りません。

投稿: まなぶ | 2007年1月17日 (水) 23時13分

トマトさんこんばんわ。
12年、早いですね。
私はこの時は、地元にいたのですが、
TVに映る映像に、愕然としました。
私は、場所的には離れてはいるのですが、
奥尻島の地震で、ものすごい揺れを
体感してるし、近くで起きた昭和新山の噴火も、
目の当たりにしています。
自然って、時に怖い存在になりますよね…。
一つ一つ、教訓にしていくべきですよね。
もう、沢山の被害が出ないように…。
ご冥福をお祈りいたします…。

投稿: ryoumama | 2007年1月17日 (水) 23時47分

こんばんは、まなぶさん(^^♪
いえいえ、過分な言葉だなんて・・・(>_<)
思っている事を書かせていただいただけですよ(^^)

本当に愛していて大切だったからこそ、亡くした辛さは消えないのでしょうね。
自然の猛威を目にすると、人間の自分勝手さに自然が怒っているのではないか、と思うことがあります。
開発も大事だとは思うのですが、願わくば自然を追いやるのではなく共生していける道を模索して欲しいなぁ、と。
難しいとは思いますが・・・。

投稿: トマト | 2007年1月18日 (木) 00時22分

こんばんは、ryoumamaさん(^^♪
ryoumamaさんも地震や噴火など、自然の猛威を経験されてるのですね(>_<)
本当に、何度も同じ事を繰り返すのではなく、一つ一つを教訓にして、今後に生かして欲しいと思います。
自然災害はいつ起こるか分からないだけに、その衝撃と恐怖は計り知れませんよね・・・。
無くすことが出来ないのも、辛いところです。
笑顔で暮らせる幸せ・・・大事にしなくちゃいけないなぁと思います。

投稿: トマト | 2007年1月18日 (木) 00時32分

こんばんわ(≧▽≦)ノ

私、大変だったよ。当時、受験生だったんで。
電車の陸橋が落ちて、しばらく交通機関が復旧しなくて・・・
て。それどころじゃなかったんだよね。
もっと中心地にいた人達は・・・

ここ2日、病気して寝込んでたじゃないですか。
でね、日付の感覚がなかったんだけど
今、地震とか来たら、私はどうなるんだろう?
一人きりで死ぬのかなぁ?・・・とか考えてて
後で気づいたら17日だった。
「忘れてはいけない」っていうことなんだろうね。

投稿: ひなこ(・ω・) | 2007年1月19日 (金) 21時02分

こんばんは、ひなこさん(^^♪
うちの方は電車もその日のうちに復旧したから、凄く被害が少なく済んだと思う(>_<)
12年経った今も完全に復興出来てない所もあるし、地震て本当に恐いと思う・・・。

ひなこさんが地震を考えたのは、やっぱりどこかにあの記憶があるからなんだろうね。
「忘れてはいけない」・・・大切なことだよね(>_<)

投稿: トマト | 2007年1月19日 (金) 22時13分

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